新しい人生の見つけ方

フランスに来て3カ月。年々、時間がたつのが早くなっていくように感じるけれど、この3カ月は大きく環境が変わった割にはゆっくりと過ぎていった気がする。日本にいたときは毎日何をしていたのかぜんぜん覚えていなかったけど、今は一つひとつの出来事が濃密で、何もかも鮮やか。長い1日にいろいろなことが凝縮している。ただ、今年もあと1カ月で終わりと考えると、やっぱりあっという間だ。

 
12月カレンダー 
充実した日々を送っているとはいえ、忙しく遊び回って毎日が楽しくキラキラしているかといえば、そんなことはない。もちろん、中にはそういう人もいるかもしれないけれど、たいていの場合は当てはまらないと思う。まず学校があるので、ある程度は規則的な生活にならざるを得ないし、一人暮らしの私は授業が終わるとスーパーに寄って買い物をし、帰ってごはんを作る。週末はたっぷり寝て、部屋を掃除して、夕方ぐらいから映画館に出かける。慣れてくると街を歩くのにも飽きてくるし、気軽に会える友だちも近くにいないし、最近はもう寒すぎて外出したくない。・・・これってまったく、日本にいたときの会社が学校に変わっただけ!これに気づいたとき、思わず苦笑してしまった。パリに住んでいるとは思えない地味な毎日。どこにいても、生活スタイルって変わらないものなのだ。

今年、日本で見た映画『ブルックリン』は、1950年代にアイルランドの片田舎から移民として大都会ニューヨークに渡った少女が、異なる文化の中で寂しさや困難を抱えながらも自分の道を切り拓いていく物語だった。どこにいても人生は見つかる、というメッセージが印象的で、すごく心に残っている。状況はぜんぜん違うけれどこの前、ある授業で同じクラスの台湾の女の子が興味深い話をしていた。彼女はこちらに来る前、フラワーアレンジメントの仕事をしていたらしいのだけど、パリでたまたまアーティストたちの展示会を見かけて自分も参加していいかどうか聞いてみたところ、OKだったとのこと。だからそのときは準備で大変だと言っていた。すごい。技術と積極性があればそんなこともできてしまう。

 
ブルックリン映画『ブルックリン』より
画像引用元:http://www.foxmovies-jp.com/brooklyn-movie/movies/

パリに来てひとつ分かったのは、海外に住んだからといって簡単に人生は変わったりしないということ。別に悲観しているわけではないのだけど、ただそういうものなんだなあと強く実感している。もちろん実際には、毎日会社に行ってイライラしているより、なかなか上達しなくても好きなフランス語を勉強していたり、日本ほど快適じゃなくてもここで工夫しながら生活している方がはるかに楽しい。でもせっかくパリにいるのだから、ずっとこのままでももったいない。何かが見つかるかもしれないと、少し期待しているのも確か。そのためにどう行動するかは考え中だけど、結局はどこにいても、自分が動かなければ何も変わらないのだ。パリにいる間に、新しい人生は見つかるだろうか。

 

窓から見える秋の景色
1カ月前はまだこんな景色だった

パリの中の日本

日本から遠く離れたここパリでも、街を歩いていると見慣れた店に出会うことができる。まずは、すっかりグローバル企業に成長したユニクロ。観光客の多いオペラ座近くのショップはオープンが7年前というから、もうパリっ子にはおなじみになっているはずだけど、平日の昼間でもすごい数の人。駅でも広告を見かける。置いてあるものは日本と同じでディスプレイも特に変わらないけれど、やっぱりベーシックな形とリーズナブルな価格、高い品質はパリでも評価されているみたい。ここ以外にもパリにいくつか店舗があるらしく、特に前に歩いてみた3区のマレ地区にあるショップは、店自体がモダンでファッショナブルと評判だからまたいってみよう。

 
それから日本のスタンダード、無印。15年以上前にパリに来たときにはすでにあったから、もはや街にとけ込んでいるといってもいいぐらいかも。この無印もパリに何店舗かあるようで、たまたま見つけたのは1区のショッピングセンター、フォーラム・デ・アールにあるショップ。入ってみて思い出した。モノプリではいくら探しても見つからなかった微妙なサイズのボックスがいくらでもある。そうだった、日本はこういうアイデア商品が簡単に手に入る国だったんだ。本当に日本人のきめ細かさって素晴らしい。ちょうど足元をあたためるグッズを探していたところだったので、たまたま見つけた部屋用のムートンブーツを購入。こういう、消費者のニーズにピンポイントで応えてくれる商品、フランスにはなかなかない。値段は日本と同じぐらいで、このときはラッキーなことに10%オフだった。パリでは東京より2週間ぐらい早く雪が舞い、今週はついに最低気温がマイナスになったから、かなり活躍してくれそう。

 
そして1区にあるのは、大阪で一番よく通っていた本屋、ジュンク堂。思っていたより品ぞろえは豊富で、雑誌や文庫、フランス語の参考書はもちろん、フランス人向けの日本語練習帳や日本文化に関する書籍もけっこうある。地下のマンガコーナーはフランスの子供たちでにぎわっていて、相変わらず人気は高いよう。

フランスに住んでいる間、我慢しなければいけないことはいろいろあるけれど、何といっても本が読めないのが一番つらい。新聞もないし、ちゃんと読む日本語といえばニュースサイトぐらい。日本では本屋にいく度に2時間はうろうろしていたのに、パリの本屋はあまりおもしろくない。もちろん、本屋好きにとってはその空間自体が特別なものだし、美術書や写真集みたいにビジュアルだけで楽しめるものもあるけれど、読めないということがこんなにも本の魅力を失わせるとは予想外だった。本はその形や大きさ、手ざわりも含めてすべて本、電子書籍にはない紙の本のよさをじっくり味わえるのが本屋のはずなのに、やっぱり理解できる内容を伴っていないとそのよさが十分に感じられないのだ。

だから本を選ぶ楽しみがなくなった今、ジュンク堂で日本の本に囲まれたとき、久しぶりにわくわくした。特に文庫の新刊は気になるものがたくさんあって、いつも通り4、5冊まとめ買いしてしまいそうになったけれど、なんとか我慢。だって値段は日本のほぼ倍だ。それに帰国するとき持って帰れない。こっちでしか買えないものなら高くても仕方ないけれど、むしろ日本で買った方が安いのだから、どう考えてももったいない。以前はこのジュンク堂の近くにブックオフもあったのに、去年いっぱいで閉店してしまったとのこと。留学中はなるべく日本語には触れないという人もいるみたいだけど、私の場合、これからの人生を考えたら、フランス語を身につけるよりは日本語能力を高めることの方がはるかに重要……なのに、心を残したまま、何も買わずに店を出た。

文庫

 
ユニクロ、無印は分かるとしても、日本語の本がほとんどのジュンク堂でさえフランス人であふれているのには驚いた。パリには日本人もたくさん住んでいるから元々、需要も多いんだろうけど、現地の人にもこれだけ受け入れられているのだ。日本人の技術と感性が、パリに住む人たちの心を動かしている。

 

クロネコヤマト店舗
ジュンク堂の近くにはクロネコヤマトの店舗も

 

記事のタイトルまたは日付をクリックすると、コメントしていただけます。

パリの映画館めぐり③

日本ではミニシアターといっても、モダンできれいな映画館が当たり前になってきたけれど、パリには名画座という言葉からイメージされる、古くて趣のある映画館がたくさん残っている。5区にあるこの「ル・デスペラード」もまさにそんな名画座の一つ。

 外観

 
前回紹介した「シネマ・デュ・パンテオン」から少し離れたrue des École(学校通り)沿いにあり、ぼーっと歩いていると通り過ぎてしまいそうなほど小さい。ここは基本的に旧作ばかりかけているようで、上映作品も頻繁に変わる。上映室は2つあるけれど、ロビーのようなスペースがなく、時間になるまでみんな外で待っている。初めて行ったときは前の回の上映が遅れていたのか事前にチケットも買えず、終わってお客さんが出てきたところでやっと販売開始になった。もちろん座席指定なんてなく、買った人から勝手に入っていくシステム。日本にいるときは上映20分前に到着するのがベストで、ゆっくりトイレにいってたくさん置いてあるフライヤーを見ていたけれど、こういう映画館はぎりぎりに着いた方がいい。アナウンスされている時間は上映開始時間じゃなく、チケット販売がスタートする時間だといってもいいぐらいかも。
 

上映室へは狭い階段やドアを通って

2つどちらの上映室にも入ったけれど、外からは想像できないぐらい広い。昔、大阪の扇町にあったミュージアムスクエアに少し似ている。大手系列の映画館と違ってCMなどが延々と流れていることはなく、みんなで何も映っていないスクリーンを見ながらじっと待つ。これってすごく変な感じ。そしてあるとき、ベルも予告上映もなく、いきなり本編から始まる。早い時間は特に年配の人が目立つのは日本と同じだけど、一人で来ているマダムがとても多いのが印象的。外で待っている間、この映画いいわねなんて、知らない人同士でも話をしている。これまでにここで見たのは、アーサー・ペン『俺たちに明日はない』、フリッツ・ラング『恐怖省』、ビリー・ワイルダー『サンセット大通り』。特に、名作といわれる『サンセット大通り』は、名前だけはずっと知っていてなかなか見る機会がなかったから、スクリーンで見られるなんて本当にラッキーだった。ビリー・ワイルダーといえば『お熱いのがお好き』『アパートの鍵貸します』が大好きだけど、これはぜんぜん違ったタイプの作品で、まだまだ知らない映画があるなあと痛感。
 

画像引用元:http://www.allocine.fr/seance/salle_gen_csalle=C0071.html

ところでここはフランスだから、映画も当然フランス語だ。吹き替えばかりかと思っていたけれど、今は字幕の方が主流のようで、英語の作品をフランス語字幕で見るというパターンが一番多い。ヒアリングができないのは英語も同じだから、英語を聞いているよりはフランス語の字幕を読んだ方が理解できる。パリで見る映画は、日本の映画館ではかからない旧作、それも話が分かるように見たことがある作品にしようと思っていたけれど、それではもったいないので、結局初めてのものもどんどん見にいっている。ただ、そうやって日本語一切なしで見ることを続けるうちに、やっぱり映画はセリフが分からなくても楽しめるものなんだと気づいた。映画の本質はアクション、それが写真と違うところであり、一番重要なこと。私とは違い“本当”の意味での映画というものを理解している友人から昔、教えてもらったこの言葉を思い出す。もちろん、細かいところは分からないし、後からネットで調べて初めて納得できる部分も多いけれど、英語で見たから、またはフランス語で見たから印象に残っていないということはまったくなくて、言葉が分からなくても心を動かされた作品は実際、記憶にも強く残っているのだ。ただ、1区の「フォーラム・デ・イマージュ」で最近見たウディ・アレンの『カメレオンマン』は、さすがに難しかった。彼の作品はセリフが多いし、スピードも速いし、会話のおもしろさが魅力の一つでもあるので、アレンの最高傑作ともいわれるこの映画を堪能できなかったのは残念。

 カメレオンマンフライヤー

画像引用元:http://www.forumdesimages.fr/

 
フランス語で映画を楽しめるようになるのはまだまだ先になりそうだけど、映画がこれまでとは違ったものに見えてきたのはうれしい驚きだった。映画とは何なのか。こうやって、ほぼ映像だけで映画を見続けることでいつかそれがつかめるのなら、言葉が分からなくても悪いことばかりではないのかもしれない。

 

チケット裏
チケットの裏にいろんな映画が

 

追記:2017年7月より名称が「エコール21」に変わったよう。