私の好きなパリ

一般に、海外留学・海外暮らしを経験するには遅いといわれる年齢で社会人生活を中断し、結局4年も住んでしまったパリ。今後の人生にとってリスクが大きいことを承知の上でそれだけとどまっていたのは、もちろんパリが大好きだから。

パリが何より他の街と違うのは、隅々までパリであること。ヨーロッパには古い街並みが残っている都市が多いけれど、たいてい「旧市街」と「新市街」に分かれていて、情緒ある「旧市街」部分はほんの少し。それ以外の「新市街」は高いビルが立ち並び、日本にもありそうなモダンな街並みであることが多い。ところがパリは、20区すべてが「旧市街」なのだ。もちろん、中心部と郊外に接した地域では雰囲気がぜんぜん違うのだけど、それでも一番端まで統一感が保たれていて、どこまで行ってもパリの景色が続く。街そのものが世界遺産、または美術館などといわれるように、全体としてパリだけが持ち得る特別な趣を保っているというのは、私にとってすごく価値があり、また大きな魅力でもある。

そんなパリの中でも、住んでみると特に心惹かれる場所や景色ができた。これまでに何度か書いてきたものもあるのだけど、この夏に帰ってくるまでの4年間で見つけたお気に入りをいくつか挙げてみる。

 

■カフェのテラス
 

カフェ5

 
パリといったらこの光景が頭に浮かぶ人も多いかも。それぐらいパリでは当たり前ともいえる景色なのだけど、テラス席というものがほとんどない日本と比べると新鮮で、同時にとても自然。日差しを浴び、風を感じながら、道行く人とともに街に溶け込んで自分の時間を過ごすという発想。無理せず人生を愉しむというフランス人の価値観を表しているようで、オープンテラスに集う人たちの姿を見ていると、なんだか自由な雰囲気が漂っている気がする。
 

 
実際に自分でもテラス席に座ったことは何度かあるけれど、思った以上に開放的で心地いい。もちろん、私の場合は夏限定だけど。

 

■メトロ6番線
 

メトロ6番線

 
パリの地下には路線網が張りめぐらされていて、電車に乗りさえすればどこにでも行ける。そのたくさんあるメトロの中でも6番線は特に楽しい。なぜかというと、この線は地上に出ている部分が多く、窓外の景色を眺めながら移動できるのだ。

エッフェル塔の近くを通っているから観光客も多いのだけど、そのエッフェル塔の最寄り駅であるビル・アケム(15区)と、セーヌ川を渡った隣りの駅パッシー(16区)の間に見える景色が最高。気品漂うエッフェル塔と賑やかな観光船が行き交うセーヌ川、その向こうには白亜のサクレ・クール寺院。こんなガイドブックみたいな風景がメトロに乗るだけで望めるなんて、なんという贅沢。6番線だけはちょっと料金を高くしてもいいんじゃないかと思うぐらい。
 

メトロから見る景色

 
ビル・アケム駅に東側から向かっていく時の景色も豪華。パリのイメージを体現するオスマン様式のアパートが線路のすぐ側に立ち並び、目の前を流れていくこれらの建物を電車の中から眺めているだけでパリを強く感じられる。
 

 
ここら辺を何度かメトロで通った後、この景色をもっとゆっくり味わいたいと思い、線路の下を歩くというのんびりしたこともやってみた。地上に出ている部分、セーヴル・ルクルブ駅(15区)からビル・アケム駅までは歩くとまあまああるのだけど、楽しい。このコースはかなり気に入って、最終的に3、4回は散歩した。
 

 
6番線はここ以外にも、11区と12区の境目にある東側の終点ナシオン駅に近い線路に地上部分があり、ベルシー駅(12区)とプラース・ディタリー駅(13区)の間、そしてプラース・ディタリー駅でいったん地下に入った後、今後はダンフェール・ロシュロー駅(14区)までの間で外が見える。この辺りは住んでいた5区から簡単に行くことができたから、もちろん歩いてみた。

◆ベルシー駅~プラース・ディタリー駅

 
◆プラース・ディタリー駅~ダンフェール・ロシュロー駅

 
エッフェル塔に近い部分とはぜんぜん違った雰囲気で、それがまた面白い。短期の観光旅行ではなかなかできないパリの楽しみ方。

 

■ビル・アケム
 

ビル・アケム

 
まさにメトロ6番線が通るビル・アケム。エッフェル塔とセーヌ川の贅沢な景色が見えるのは、この幻想的な橋から。ここは何といっても『ラスト・タンゴ・イン・パリ』の印象が強いのだけど、初めて見た時は息をのんだ。映画そのままの繊細な佇まいでありながら、画面で見るよりもはるかに強い、吸い込まれるような圧倒感。それこそ映画の中に入り込んだような、違う世界に来たような不思議な気分になる。
 

 
離れたところから全景を眺めてももちろん美しいのだけど、ここはやっぱり真っ直ぐ歩くのがベスト。エッフェル塔や凱旋門に比べると知名度は低いものの、個人的には絶対におすすめしたい場所の一つ。

 

■リュクサンブール公園
 

リュクサンブール公園

 
4年間で100回近く行ったんじゃないかというぐらいパリで一番よく訪れた場所。最初に通っていた語学学校パリカト(パリ・カトリック学院)に近く、1年目からすでに自分の「指定席」ベンチがあった。観光客も多いけれど、ルーブル美術館前のチュイルリー公園よりくつろいだ雰囲気で、いつ行ってもほっとする。歩いてみるとかなり広く、場所によって趣向や雰囲気が違っているのも面白い。
 

 
春夏秋冬すべての表情がそれぞれに趣深いのだけど、やっぱり緑の葉が一斉に太陽を浴びて輝く夏が印象的。

 

■セーヌ川沿い
 

セーヌ河畔

 
ここもパリらしさがあふれる場所の一つ。個人的には、川岸の遊歩道ではなく、上から水辺を見下ろしながら歩く方が好み。川にたくさん架かる橋はどれも個性的なデザインで、遠くから全体を眺めてみたり、たまには通ってみたり。橋の上から見渡す景色はまさに絵葉書そのもの。ため息が出るほど芸術的なその街並みを目にする度にパリにいることを強く実感し、幸せをかみしめると同時に、ここにずっといられたらと狂おしい思いを抱かずにはいられなかった。
 

 
ルーブル美術館に近い1区やオルセー美術館がある7区などの中心部はいつも観光客でいっぱいだし、実は大きな道路沿いだから車も多くて騒がしいのだけど、市庁舎があるこぢんまりとした4区、それもノートル・ダム大聖堂が立つ中州のシテ島、隣のサン・ルイ島辺りの川沿いはぐっと落ち着いた空気が流れていて、すごく気持ちいい。もっと東側の12区や13区まで行くと観光客も少なくなり、ガイドブックには載っていないパリの表情が見られる。
 

 
一度、エシャンジュ(言語交換)相手のパリジェンヌと13区から出発し、川沿いにエッフェル塔まで行って反対側の岸を11区まで帰ってきたことがある。かなりの距離を一周して4時間かかり、さすがに疲れたけれど、一歩進む度に少しずつ移り変わる景色と雰囲気を味わいながら歩くのは心躍る体験だった。

 

■建物
 

建物代表

 
学生のころ最初に訪れた時から、もっといえば初めてパリを映画の中で見た時から心をつかまれたのが、通りに立ち並ぶ均質な建物。ヨーロッパの都市によくあるようにカラフルな家が街を明るく彩るということはなく、直線的な煤けた白っぽい建物がどこまでも淡々と続く。このブログでもしつこいぐらい書いていて、建物の写真が異様に多いのだけど、一見、無機質なこの灰色のオスマニアン建築がやっぱり好きなのだ。ところどころにあるというのでなく、ずらりと並んでいるのがいい。そして、それによって形作られるパリはシンプルかつエレガント、個人的に「人生のテーマ」ともいえるぐらいの感性が表現された街並み。時々、ちょっと趣の違う色彩のある建物が点在しているバランスも絶妙。
 

 
そして、この簡素な建物群に沿って植えられた木がまた見事。これ以上の組み合わせは考えられないというぐらい、なんとも心地よい調和。この木を選んだセンスにまた脱帽。夏にはこれらの木が生き生きとした緑の葉を付け、建物にくっきりと影を落とす。それがまた独特の美しさを生み出していて、歩いている足が思わず止まり、見とれてしまうのだ。
 


 
罫線

 
最初の2年間の住所は郊外だったとはいえ市内からほんの少し出ただけで、結果4年間のほとんどをパリで過ごし、やっぱりここが自分にとって世界で一番美しい街だということを確信した。もちろん、世界中の街を知っているわけではないし、他にも好きな街はたくさんあるけれど、パリ以上に自分の感覚にぴたりとはまる場所はないと言い切れる。実際に住んでみれば、特に日本でのイメージのようにロマンチックな点ばかりではないし、受け入れられない部分も多々ある。帰国した今、やっぱり便利さや快適さでは日本にかなう場所はないと実感しているのも事実。

だけど、どこに行こうが不満がまったくないなんてことはあり得ないし、何を重視するかは人それぞれ。日本に生まれたからといって、日本で暮らし、日本人にとっての「一般的」な生き方をしなければいけないことはない。大切なのは、自分が満足できるかどうか。だから私は縛られない道を選んで自由にどこへでも行くし、自分の街だと思えるような場所を見つけ、そこで人生の一時期を過ごせたことは幸せだ。
 

罫線

 
さて、4年とちょっと前、出発と同時に始めたこのブログもこれでいったんおしまい。パリやフランスについてよっぽど書きたいことがあったり、万が一またパリに行くことになったりすれば気まぐれで更新するかもしれないけれど、しばらくはそんなこともないだろうから、無期限休止ということにしておこうかな。いくつか書き残したネタはあるのだけど、とりあえずこうやってきれいに(?)、そしてなんとか今年中に終わることができてほっとしている。何より、読んでくださったみなさんに感謝。

パリで暮らすという一番の夢をかなえてしまった今、これからの生き方を見つけるのはなかなか大変だけど、1年後の未来が想像できないって悪くない。冒険はまだまだ続く。

 
地球儀とスニーカー
 

4年間のパリ生活中に撮った写真をまとめました。1枚1枚じっくり見るならスマホ、画面いっぱいにパリの雰囲気を味わうならPCでどうぞ。ページトップのABOUTからもアクセスできます。
https://paris-tokorodokoro.tumblr.com

なお、重いので表示に時間がかかる場合があります。最後の1枚(最初の投稿)はこれです。

パレ・ロワイヤル

2件のコメント

  1. 初めまして、こんばんは。
    3年ほど前に会社員だった私はこちらのブログを見つけ、時々覗いては更新を楽しみにしておりました。
    いつしか会社を辞め、実は1年前、私もパリに住むようになり。。今はもう帰国していますが、本当にいい経験となりました。

    1人でパリに住んで、語学の壁に当たった時、困った時、さみしい時、あなたの(ごめんなさいなんとお呼びしたらいいか分からなくて)過去の投稿を読むと、少し前を向けるようになりました。
    あなたの淡々とした分かりやすい文章が、とても好きです。

    これが最後の投稿なんですね。寂しいです。
    でも冒険はまだ続きますもんね。

    私の人生の一部に寄り添ってくださりありがとうございました。
    またあなたの文章に出会えることを楽しみにしています。

    1. こんばんは。
      なんだかとっても心のこもった温かいメッセージで、一文一文がじんわりと胸に沁み込んでくるようでした。
      思いつくまま好きなことを好きなように書いていたので、少しでも誰かの心に届いていたなら、それは私としても本当にうれしいことです。
      こちらこそ、人生のほんの一部にでも私を加えていただき、ありがとうございます。
      パリではどのような経験をなさったのでしょうか。
      生きていくのは大変ですが、お互い、まだまだ冒険を楽しみましょうね。

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