資格と実力

4年間のパリ生活で、それなりに上達したフランス語。とはいえ資格にはあまり興味がなく、自分なりに成果を実感できればいいと思っていたのだけど、やっぱり何かフランス語力を証明するものがあった方が後々有利なこともあるかもしれない。そこで、帰国後の11月にとりあえず仏検1級を受けてみた。もう一つの選択肢であるフランス語の国際共通テストDELF/DALFはこれ以上ないほど面倒な試験だし、ここはより気軽に受験できる日本人向けの仏検を選択。

2級はフランスへ出発する前に取得したのだけど、2級と1級の差はものすごく大きいということを今、実感している。昔は英語なら英検2級が一定水準と言われ、その水準には高校生で達したものの、そこから英語力はほとんど伸びていない。フランス語も同様で、2級に到達するまでももちろん大変ではあるのだけど、そこからの苦しみは想像をはるかに超えるレベル。仕事を辞めてフランス語の勉強に集中しなければ、きっと一生乗り越えられなかったと思う。

そうやって高くそびえる壁をよじ登ってきた努力は惜しくも実らず、この週末に出た1次試験の結果は不合格。筆記・聞き取り合わせて150点満点中90点(正答率60%)で、合格基準点95点にあと5点足りなかった。自己採点では、甘めにしたとはいえ104点だったのに、実際の点数が14点も低かったのは不本意だけど、明らかな単純ミスが少なくとも3つあり、それらを正解していれば合格だった。あと、記述式の解答もあるから、採点者によって1点ぐらいは左右されたかも。正直、まず大丈夫だろうという感触だったため少なからずショックを受けたのだけど、まあそれがテストというもので、たらればを言っても仕方がない。
 

騎乗した警察
パリでは馬でパトロールする警察官も

 
これは前にも書いたことがあるけれど、どんな分野であれ試験というものはどうしてもその試験だけに通用する特別なテクニックが要求され、そのテクニックを学ばなければいけないようなところがある。実力は足りなくても、テクニックを研究しておけば何とかなるという部分があるのは否定しきれない。それがバカバカしく、時間の無駄に思えてフランス語ではあえて試験を避けてきたのだけど、受けるとなればやっぱりそれなりに対策が必要。

それにしても、さすがは日本人仕様。仏検の出題形式を見ていると、なぜいつまで経っても日本人が外国語を克服できないのかが分かる。「実用フランス語技能検定」と銘打っている割に、内容はまったく実用的じゃない。後半の長文読解、仏作文はまあいいとして、問題は前半。動詞を名詞化して文章全体を書き換える、正しい前置詞を選ぶ、動詞を文章に合わせて適切な形に活用させる……。いや、確かにどれも大事なのだけど、1級といえば最も高いレベル。もはやそういう細部じゃないと思うのだ。一番分からないのは、時事用語を問う問題。これは1級のみに出題されるのだけど、問題集からいくつか抜き出してみると、

追徴課税 un(redressement)fiscal
常設仲裁裁判所 la cour permanente d’(arbitrage)
暗号通貨 une monnaie(cryptographique)
ヒトゲノム解析 le décryptage du(génome)humain

といった具合。いずれも()を埋めなければならない。まあ、「期日前投票」「憲法改正」「自爆テロ」「少子化対策」といった辺りは重要だし、個人的な興味からも知っておきたい言葉ではあるのだけど、日本語の会話でも使わないような用語を単独で知っていることに何の意味があるんだろうと思ってしまう。それを使って自分なりの文章が作れなければ何の役にも立たないし、過去には「ジェットコースター」なんていう楽しい出題もあるから、こうなってくると別にレベルも関係ない。2級の人がジェットコースターを語彙として知っていてもいいわけだし。準1級と差をつけるための設問かもしれないけれど、単に記号として知っていれば点がもらえるというこの形式、悪い意味でまったく日本人らしい。

ただ、出題側も疑問を感じているのか1問1点と配点は低く、全5問落としてもマイナス5点。私も問題集に載っているものと過去問や自分の単語帳から抜き出した分を合わせて50ぐらい覚えたのだけど、結局その中からは1つも出ず、5問のうち1問しか正解できなかった。その1問はテレビのニュースを見ているうちに自然に覚えたもので、本来こういう蓄積がどれだけあるかが問われているのかもしれないけれど。実際に出題されたものをここに書くことはできないのだけど、残り4問のうち特に変だと思った1問をフランス人の友達に教えたところ「フランス人にとってもちょっと妙な言葉だね」。まあとにかく、こういう使い方の分からない用語の暗記に時間を費やすことこそ無駄だと思うから、次にまた受けるとしてももう何もしたくない。

そういえば少し前に、日本の大学入試改革についての記事で、英単語のアクセントの位置を選ぶ問題がなくなるというのを読んだ。確かにあったな、そんな問題。個人的にはものすごく得意だったのだけど、よく考えてみればあんなのも実際に発音できなければほとんど無意味だ。
 

パンテオン前の撮影
5区パンテオン前での映画(?)撮影

 
そこへいくと、フランス語の国際テストは知識でなく、使えるかどうかを重視しているテストだと言える。仏検1級と同等とされるDALF C1を見てみると単純な文法問題などはなく、聞き取りであれ読解であれ深く内容を問う出題ばかり。作文に至っては、複数の記事を読んで共通のテーマを見つけ決められた単語数で要約、さらにそのテーマについての自分の意見をこれも決められた単語数で述べるというもの。つまり、フランス語を媒介して記事の要点を理解することと、自分の考えを論理的に表現することが求められるのだ。文法を正確に覚えることも大事だけど、多少動詞の活用や時制が間違っていても、本来はこういうことこそが上級レベルでできなければいけないことなんだと思う。ただし、DALF C1はこの作文だけで試験時間がなんと2時間半もあり、強制されなければとても受ける気にならないのが玉に瑕。

ちなみに、仏検1級の作文は短いエッセイのような3、4文のみで、普段フランス語の文章を書き慣れているなら15分もあればできる。それも、自分の意見を述べるのではなく、日本語ですでに書かれてある文章を機械的にフランス語に直す和文仏訳だから、これも“使える”フランス語力を測る手段として有効なのかどうかは疑わしい。
 

ミッテラン図書館前の橋
13区フランソワ・ミッテラン図書館に向かって

 
さて、あと5点のためにどんな対策をするのかだけど、これはもう語彙力を強化するしかないと思っている(時事用語以外)。というのも、何の予備知識もなく初めてやった模擬試験では正答率7割近く、さらにその後、合計4、5回分やった過去問でも安定して6~7割は取れていた。つまり、最低でも6割は正解できる力があって、そこから上積みできるかどうかはきっと知っている単語の量に左右されているのだ。本番のテストはそれまでで一番難しい印象だったのだけど、それは緊張によるものではなく、知らない単語の割合が過去問よりも多いからだった。

とはいえ、後半に3つある長文読解の単語はいつも知っているものがほとんどで、あまり引っかからずに読める。ただ、文章自体は読めても答えが全部分かるわけじゃない。そこは入試なんかの国語と同じで、例えば空欄に入る適切な一語や、筆者の考えに一番近いものを選べという問題があった時、似たような選択肢の中から正解に設定されている一つを選び出せるかどうかはほとんど運のようなもの。今回も見事にそれに引っかかり、悩んで捨てた選択肢がすべて正解だったし。だから、100%の正答率はあり得ないことを前提に、それ以外の部分を強化しなければいけない。また、本番でケアレスミスがあったのはすべて聞き取りパートで、見直す時間があまりないことを考えてももったいない間違い方ではあったのだけど、これもたぶん多かれ少なかれ100%なくすことはできないから、確実に取れるところを伸ばす必要がある。ちなみに、個人的に苦手な聞き取りはとても1級とは信じられないぐらいゆっくり、はっきり読んでくれるので、これも6割は堅い。

となるとやっぱり、重箱の隅をつつくような問題が並ぶ前半の正答率を上げるしかないということになる。本当に実用的なのは後半部分の読解や仏作文だと思うけれど、合格のためには個人的に不毛と思われる勉強も避けられない。こういうのが嫌なんだけど。

前半の大部分は時事用語を除いても語彙力の高さが正答率アップの鍵で、単語を知らなければそこまで。点の取りようがなく、本番でも今までで一番できなかった。ただ、準1級までならある程度出やすい単語というのはあるし、実際にそういう単語を集めた対策本も売っているのだけど、1級の単語の範囲は無制限。むしろ、フランス人でもあまり使わないようなマイナーな単語を知っている方が有利かもしれない。過去問と同じ問題が出ることもないようだし、自分で新聞や雑誌を読んだりして能動的に増やしていくしかない。といっても、すべての単語を覚えることは不可能だから、知っているものが出題されるかどうかはもはや運なのだけど、これはどんなテストであってもきっと同じ。だから、幸運に当たる確率を少しでも上げるため、日々の努力が欠かせないということなんだろう。
 

植物園
5区にある植物園での夏の一コマ

 
仏検がDALFに比べて気楽である一番大きな理由は、筆記に関しては時間がたっぷりあること。1問1問ゆっくり考えながらやっても、さらに間違えたら消しゴムで消して書き直さなければいけないことを含めても、かなり余裕がある。実際、本番でも30分見直す時間があり、おかげでマークシートのずれという恐ろしいミスも防ぐことができた。ただでさえ緊張するテストでゆっくりできると分かっていると、精神的な落ち着き度合いがぜんぜん違う。試しに一度、家でDALF C1の問題をやってみた時は、制限時間内で半分しか解けなかった。本番なら緊張も加わって3割ぐらいしかできないかもしれない。まあDALFの場合、正答率50%で合格なのだけど、締め切りに追われて焦るあの嫌な感覚は仕事の時だけで十分。

仏検は春と秋の年2回行われていて、本来ならば1級は春のみの1回らしいのだけど、今年はコロナの影響で春の試験が中止になり、秋に延期された1級をたまたまこのタイミングで受けることができた。4年間の成果を試す意味もあり、特に対策せず取得できるイメージで臨んだものの、この結果はなかなか微妙。採点がけっこう厳しいみたいだから、悔しいというよりは面倒くさい。個人的に“実力”部分と考えている読解と仏作文はできているし、もうほぼ合格でいいんじゃないのと勝手に思っている。再び挑戦するかどうかは悩むけれど、次回は来年6月、1級に限ればその次は再来年であることを考えると、やっぱり次で取っておきたいところ。
 

ハンバーガー
18区のビストロで日本人の友達とランチ

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください