春の憂い

4月に入って最初の日曜日、起きると電子レンジの時計がきっちり1時間遅れている。不思議に思いながらも特に気にすることもなく、翌日の月曜日、学校に着く直前に腕時計を見て初めて気がついた。10時からの授業に向かっているはずなのに、時計の針が指しているのは9時前。そうか、サマータイムだ。パソコンとスマホは自動で時刻調整されていたから気づかなかった。どうりで日が暮れるのが急に遅くなったはずだ。今はもう夜9時ごろまで明るい。

冬になるのが早いパリでは、寒さが緩むのも遅いんじゃないかと心配だったけど、日本と同じように3月半ばごろから徐々に気温が上がり始めたのでほっとした。やっとダウンからトレンチコートに替えられる。暖かくなり始めると外に出たいのはみんな同じみたいで、チュイルリー公園やリュクサンブール公園は平日の昼間でも日向ぼっこする人たちでいっぱい。ソメイヨシノが咲き誇る幻想的な光景にはかなわないけれど、色とりどりの花があふれるパリも美しく、足取りも自然と軽やかになる。春だ。
 

 
長くてつらい冬がやっと終わったのに、授業についていけないのは相変わらず。聞き取りはやっぱり同じクラスのみんなより二段階ぐらい低いレベルのままだし、この前は得意なはずの読解もできなかった。テストではなかったものの、20点満点中8点。クラスの中でもだいぶ悪い方だったようで、さすがに落ち込んだ。まず時間が足りなかったし、たとえあと30分あったとしてもできていなかったと思う。文章自体がそこまで難しかったわけではないのに、細かい部分になると理解できていない。

前から日本の生徒たちと話していたことでもあるのだけど、全体的になんとなく意味は分かっていても表面的にしか捉えられていなくて、日本語で読んだときとは自分の中への文章の“入り込み方”がぜんぜん違う。脳では分かっているけど、感覚では捉えられていないかんじ。だから内容が明確につかめないのだ。私の場合は英語も同じで、これはおそらく聞き取りができないということにもつながっているような気がする。ネット上に無数に出ているリスニング対策の中には、聞くよりも読解をやった方がいいと書いてあるものもあるぐらいだから、よく言われるように、フランス語や英語で読んだものあるいは聞いたものを映像としてイメージできるようになれば、聞き取りももしかしたらマシになるのかもしれない。

上達しているのかどうかはぜんぜん分からないし、自分よりもずっと若く学習期間も短いはずの子たちについていけず、毎日苦しい。せっかく仕事を辞めてゆっくり好きなことをしに来たはずなのに、なんでわざわざこんなつらい思いをしているんだろうかとも考えてしまう。まあでも、これまで仕事で経験してきた数々の逆境に比べたらぜんぜん大したことないから、学校から一歩出るとさっきまでの悔しさをすっかり忘れて、ふらふら遊びに行ってしまうのだけど。特に最近はちょっとあきらめ気味になっているし、この気候だし、宿題があまり出なくなったのをいいことに、街歩きをしてから帰るというのが定番になってきて、あまり家で勉強しなくなった。といっても、復習だけでかなりのボリュームだから、少なくとも日本にいたときよりはやっているはず。寒さがどんどん消えていくのと同時に、目の前にある壁も少し低くなってくれないかな。

 

教室からの眺め
教室から見える中庭にも春の彩りが

パリ20区歩き ―18区―

18区地図

 
中心部は少し飽きてきたので、足を延ばして今住んでいる場所からは一番遠い18区へ。このシリーズを始めたとき、パリはそれぞれの区がとても小さいと書いたけれど、実は数字とともに大きくなっていく。だから18区ともなるとけっこうな広さとなり、なかなかの歩きごたえ。

18区といえば、ゴッホやモディリアーニなど数多くの芸術家たちが住んでいたことで知られるモンマルトル地区。普仏戦争やパリ・コミューンの犠牲者を悼んで建てられた白亜の寺院サクレ・クールがあるのがここ。パリでも人気の観光地とあって、ものすごく大勢の人でにぎわっている。映画にもよく出てくる場所だけど、今ならやっぱり大ヒットした『アメリ』を思い浮かべる人が多いかも。ただこの映画、個人的にはまったくおもしろいと思えなかったので残念。

 
サクレ・クール

 
すぐ近くの広場では今も画家たちが絵を売っていて、観光客相手に似顔絵も描いている。それぞれタッチや画風が違い、素敵だなと思うものもたくさんあった。にぎやかな雰囲気につられて一瞬、描いてもらおうかなという気になったけど、冷静になって思いとどまる。

 絵描きたち

 
モンマルトルは丘になっていて、サクレ・クール寺院まで行くにはずっと坂道を上っていくことになる。でも、途中にもたくさん見どころがあり、それらに立ち寄りながらゆっくり歩いていくとぜんぜんつらくない。今回はメトロのブランシュ駅から行ったのだけど、降りるとまずあの有名な「ムーラン・ルージュ」が目の前に。パリにいる間に一度は入ってみたいもの。ここから食料品店や土産物屋が連なる道を少し上がると、映画の中でアメリが働いていたカフェがあり、今でもクレーム・ブリュレを食べに訪れるファンが絶えないとか。さらに進んでサクレ・クールの反対方向に行くと、モンマルトル墓地が広がっている。すごく広くて静かで、墓地だけど散歩にぴったりだ。ここにはスタンダールやゾラなど歴史に名を残した多くの人が埋葬されていて、案内図も置いてある。15年以上前に来たときと同じように、トリュフォーのお墓にお参り。
 

 
坂道がしんどくなってきたら、立ち止まってひと休み。前を見上げても後ろを振り返っても、まさに絵のような美しい景色が広がっている。ウィレット公園まで歩くとフニキュレールという短いケーブルカーがあって、これでサクレ・クール寺院まで上がることができる。いつも使っているメトロの定期があればただになるのでせっかくだから乗ってみたけど、本当に一瞬で着くから、隣の階段を使ってもほとんど変わらない。あんまり意味がないと思うのだけど、こういうのがパリの不思議なところだ。寺院前からの眺めはまさに絶景。
 

 
この辺りは建物がカラフルで、歩いているだけで楽しい気分になる。くすんだような灰色の建物が並ぶパリのほかの地区とは違い、とても明るくアーティスティックな雰囲気。ところどころに小さなギャラリーもある。
 

 
北側に進んでいくと、今度は庶民的なお店がちらほら。7区と少し似ているけれど、あんなに小洒落た感じではなく、本当に地元の人が普段使いしていそう。サクレ・クールは18区のほんの一部で、その裏側の方が断然広いので北の端まで歩いてみたけれど、ずっと下町っぽい雰囲気だった。寺院を離れると観光客もまったくいない。
 

 
大勢の旅行客でにぎわう18区だけど、一方で移民が多いという特色もあり、サクレ・クール周辺から少し離れたバルベス・ロシュアール駅付近には民族衣装を着けた人たちがたくさんいる。いつも歩いている中心部とはかなり違い、パリじゃないみたいだ。また、この辺はかつてドラッグ・ディーラーのたまり場だったということで、今でも夜は危険だと前学期の映画の先生も言っていた。観光客であふれる華やかなイメージとはまた違う、パリの危うい一面がここにある。
 

 
思わず迷い込みたくなる狭い路地や、上るごとにワクワクするような坂道が続く中に、明るく彩られた建物、たくさんの人でにぎわうカフェなどが点在するモンマルトル。パリを一望できる素晴らしい景色はもちろん、親しみやすい雰囲気もかつて芸術家たちを魅了した理由なんだろう。ここに住んだら楽しそうだけど、パリでありながら意外と田舎のように感じるのかもしれない。凱旋門やシャンゼリゼ周辺とは違い、暮らしている人の息づかいが聞こえてきそうな温かさがある。それにしても、本当に気持ちよく歩ける場所だ。散歩しながらパリの街を見下ろしたくなったら、また何度でも遊びに行こう。

 

プチ・トラン
こんなプチ・トランで観光するのもあり

 

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パリの学生食堂

前学期、週に1度だけ昼休みが2時間の日があり、これがけっこう苦痛だった。パリカト(パリ・カトリック学院)に通い始めたころ、カフェテリアが食堂になっていると思っていたのだけど、入ってみるとサンドイッチやお弁当を売っているだけ。お弁当といっても、パスタ×ビーフ、パスタ×チキンという、あり得ないメニューばかりなので、いつもパン屋より安いサンドイッチを買っていた。ところが、学生数の割に食べる場所が限られているため、席が空いていないことが多い。教室を開けてくれればいいのに、授業時間以外は鍵がかかっている。寒くないときは中庭のベンチで食べていたのだけど、冬は無理だし時間も余るし、だからといっていったん家に帰ると逆にゆっくりできない。今学期はこれを避けようと、事前に計算して時間割を組んだのに、授業を1つ変更したことで結局また2時間空く日ができてしまった。

フランスのレストランが高いことはこのブログでも何度か書いているけれど、パリには学生のためのレストランがたくさんあって、格安で利用することができる。CROUSという学生センターが運営しているもので、日本でいう大学生協の食堂みたいなイメージだけど、学校内ではなく街なかにあるのが特徴。ちなみに、市内にある学生寮を管理しているのもこのCROUSのよう。こういう食堂がパリ以外にもあるのかは分からないけれど、CROUSというのは国民教育省の管轄みたいだから、きっとフランス全土にあるんだと思う。この学生食堂、こちらに来る前に、昔パリに留学していた知り合いから聞いていたもののすっかり忘れてしまっていて、最近急に思い出した。さっそく2時間の昼休みを利用して、前学期に同じクラスだった日本人のCさんとともに一番近い一軒へ。学校から歩いて約10分、予想とは違いモダンでおしゃれな外観が現れた。
 

外観

 
1階はどうやら一般の人向けで、学生用は2階と3階。いつも大人気で12時を過ぎると列ができ始めるから、並んで待たなければいけない。日本の学食と同じように、順番に好きなものを取りながら進んでいって最後にレジで支払いをする。2階と3階どちらも利用してみたけれど、システムが違う。2階は普通に一皿ずつ値段が付いているのだけど、3階はポイント制になっていて、メニューごとに決められているポイントの合計で値段が決まる。たとえば前菜1ポイント、メイン4ポイントという風に。トータルで比較するとポイント制の方が断然安くて、同じ量なのに3階は2階の約半額!ただその分、選べるメニューがちょっと少ない気がする。このシステムの意味がよく分からないのだけど、2階は大人が多く、安く食べられる3階は学生が多い。高いのは先生たち用なんだろうか。とにかく、これが分かってからは3階で食べている。デザートまで付けて3.8ユーロ!普通のレストランで食べたら15ユーロはするだろうから、まさに格安。そして、びっくりするぐらいおいしいのだ。学校で3ユーロのサンドイッチを買うよりよっぽどいい。
 

 
散歩もできるし、2時間の休みがちょうどいいかんじ。まだここ以外は試せていないのだけど、そのうち別の食堂にも行ってみよう。中には夜もやっているところがあるから、食べて帰るのもありだ。こっちは学生のための制度が整っていて、本当にありがたい。それにしても、いつも学生証の提示を求められないのはなんでなんだろうか。これだと、誰でも入れると思うんだけど・・・。


学生食堂のリストはこちら

 

カウンター
パリらしい景色を眺めながら