パリの映画館めぐり⑦

昔ながらの小さな名画座があちこちにひっそりと立ち、今では個人的にもすっかりなじみのあるエリアになった5区のカルチエ・ラタン。モダンなデザインが印象的な「グラン・アクション」は、そんな5区の中でもミニシアターが密集する場所からは少し外れた学校通り(Rue des Écoles)の東端に佇んでいる。

 外観

 
すぐ近くにある映画館めぐり③の「ル・デスペラード」(現在は「エコール21」に改称)、の「クリスティーナ21」と姉妹館のようで、3館共通で使えるポイントカードもある。私は去年、複数の映画館で使えるカードを作ったから途中でこれは使わなくなったのだけど、2カ月間で5本見ると1回無料になるらしく、そこそこ映画を見に行くという人ならなかなかお得に使えるんじゃないかと思う。
 

 
上映室は2つで、特に奥の方はかなり広く初めて入ったときは驚いた。上映プログラムは旧作中心なのだけど、1930年代あたりから割と最近の2000年代の作品まで幅広くかかっていて、ときには新作もやっている。秋にはソフィア・コッポラの『ザ・ビガイルド』をここで見たし、それに合わせて彼女の作品の特集上映もやっていた。姉妹館同士でもそれぞれ個性があり、かかっている作品がぜんぜん違うのがいい。そしてこの映画館の特徴は何といっても鮮やかな内装。壁いっぱいに数々の名作の一場面が描かれていて、眺めながら何の映画だったか思わず考えてしまう。赤、青、黄の原色使いはまるでゴダールの世界。
 

 
ちょうど1年ほど前、日本でも何度も見た『サウンド・オブ・ミュージック』をここでもまた鑑賞したのだけど、まだ“英語の映画をフランス語字幕で見る”ことに慣れていない時期で、ドレミの歌の字幕が新鮮だったのを覚えている。「ド」はドーナツのドじゃなく、英語の訳そのままでもなく、ちゃんとフランス語の単語に合うように歌詞が付けられていて、考えてみれば当たり前なのだけど、それぞれの国によってそれぞれの歌詞があるなんてすごいことだ。よく、ダジャレを訳すのが難しいという話は聞くのだけど、英語の映画や日本語の映画をフランス語字幕で見るということがこちらで普通になって、言葉の不思議さをますます強く感じるようになった。

 ドレミの歌の歌詞

 
例えば、日本と同じようにこちらでもテレビでアメリカのドラマなんかを吹き替えでやっているのだけど、日本で見るのと同様にセリフが口の動きにぴったり合っていて、これにも感心。登場人物たちは英語でしゃべっているのに、同時に日本語でもフランス語でも同じような口の動きで同じことが言えるということになる。セリフを字幕にするのと吹き替えにするのとでは考え方が違うから同じ内容にはならないみたいだけど、それぞれスペシャリストがいて、日本語で見ても違和感がないのと同様にフランスでも素晴らしい仕事をする人たちがいるんだなと考えると、なんだか感動してしまう。これぞプロフェッショナル。

ただ映画のタイトルに関しては、フランス語だと日本人にとってはすごく分かりづらい。『サウンド・オブ・ミュージック』は日本語も原語タイトルと同じだけど、フランス語のタイトルは『La Mélodie du Bonheur』、直訳すると“幸せのメロディ”。誰もが知っているオードリー・ヘプバーンの『ティファニーで朝食を』も、日本語タイトルは原語のほぼ直訳だけどいい感じなのに、フランス語では『Diamants sur canapé』= “ソファの上のダイヤモンド”っていう、なかなか独創的なもの。こんなに有名な作品なのに学校の先生もフランス語タイトルを知らなかった。

 サウンド・オブ・ミュージックチラシ

画像引用元:https://www.surnetflix.fr/la-melodie-du-bonheur/21921

面白かったのはヒッチコックの『サイコ』。これをあらためて見に行ったのはまだフランスに来てそれほど経っていないころだったのだけど、フランス語でも『psychose』と書くから英語と同じだと思い、チケット売り場で「サイコ」と発音したら「プシコーズ?」と聞き返された。実は「psyー 」と始まる単語は精神分析治療が一般的なフランスではよく出てくる単語で、今ではこの独特の発音がすっかり頭にこびりついてしまっているのだけど、これを映画館で初めて聞いたときの衝撃は忘れられない。

日本ではかつて『第三の男』とか『俺たちに明日はない』とか、たとえ原語タイトルをそのまま訳しただけだとしても、一度聞いたら忘れられないカッコイイ邦題がたくさんあったけれど、最近は英語をそのままカタカナにしただけのタイトルが多くなっているのが何とも残念。ただそれと同じように、フランスでもアメリカ映画が英語タイトルのまま公開されているのをよく見る。こういう時代に、自国の言葉で独自のタイトルを付けることは大いに希望するところではあるのだけど、パリで上映作品を調べるときに限っては、英語タイトルはむしろそのままにしておいてくれた方がありがたいかも・・・。

 

トイレ
トイレのドアにはあの2人が

 

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