パリの映画館めぐり④

5区の学生街カルチエ・ラタンにたくさんある個性的な映画館。この小さな「ラ・フィルモテーク」も、そんな特徴ある名画座のひとつ。近くにあるほかの映画館と同じように、ロビーにはチケット売り場があるだけの昔ながらの造りなので、上映開始前には入り口前に列ができることになる。雨だろうが気温がマイナスだろうが関係ない。年末のバカンス時には、夜10時からの回でも若者から年配の人まで大勢がお目当ての作品を見るために並んでいた。
 

外観

 
この映画館は、個人的にもっとも気に入っていると言ってもいいかもしれない。というのも、上映作品が本当に多彩で、見たいと思わせるものが多いのだ。パリの上映プログラムは毎週水曜から翌週の火曜までが周期になっていて、小さな映画館は1週ごとに新しくなるのだけど、ここは上映室が2つあり、1日の上映作品が多い上に時間も毎日、毎週変わるから、このプログラムを組むだけでもけっこう大変なんじゃないかと思う。ちなみにこの2つの上映室は“青の部屋”“赤の部屋”と名付けられていて、それぞれオードリー・ヘプバーンとマリリン・モンローをイメージしている。これまでに見たのは、マルチェロ・マストロヤンニ主演『ジェラシー』、フランク・キャプラ監督『スミス都へ行く』、オードリー・ヘプバーン主演『ティファニーで朝食を』(もちろん“青の部屋”で)、マリリン・モンロー主演『恋をしましょう』(もちろん“赤の部屋”で)など。新作が公開されると、いち早くその監督の特集を組む反応の早さも素晴らしくて、ケン・ローチ『リフ・ラフ』、ジム・ジャームッシュ『ストレンジャー・ザン・パラダイス』『ダウン・バイ・ロー』なんかも久しぶりに再見できた。今は『ラ・ラ・ランド』公開に合わせてミュージカル映画の特集をやっている。
 

 
でも一番印象に残っているのは、黒澤明『七人の侍』かも。日本では自国の作品でさえ、古い映画をスクリーンで見られる機会は「午前十時の映画祭」と、時々各地でやっている特集上映ぐらいしかないけれど、パリでは何でも見られる。この時代の日本映画を上映していることも珍しくなくて、特に溝口健二や小津安二郎あたりはしょっちゅうどこかの映画館でかかっている。黒澤明はフランス人も大好きで、映画の授業の先生がほぼ毎回「クロサワ」「ミフネトシロウ」と言っていたのだけど、私は日本で3、4本、それも時代劇ではないものを見ただけで、なぜ世界のクロサワと言われるまで評価されるのかいまいちピンときていなかった。でも『七人の侍』を見て、やっとその偉大さが分かった。傑作としてあまりにも有名だけど、とにかくすごい。おもしろい。これまで持っていた彼の作品に対するイメージが変わった。
 

「七人の侍」画像引用元:http://www.lafilmotheque.fr/

 
ちょうど今、別の映画館でも黒澤特集をやっていてこれもけっこう見に行ってるのだけど、感じるのは言葉について。黒澤作品というのは、大体最初にタイトルが画面いっぱいに出て、その後、出演者や制作者のクレジットが続く。墨書きしたと思われる美しい漢字が縦書きで画面の端から端まで並ぶと、それだけでぞくぞくするぐらいかっこいいのだけど、ほとんどのフランス人にはまったく読めないはず。たとえ「黒澤明」「三船敏郎」と書いてあっても(ただしこれはさすがにフランス語の字幕が付く)。アルファベットだと、フランス語をぜんぜん知らない人でも綴りを見て音だけはなんとなく分かるけれど、漢字はそうはいかない。そう考えると、やっぱり外国人が日本語を学ぶのって相当難しいんだろうなと思う。ひらがなは覚えたとしても、ひらがなだけの文章というのは普通はないから、読むことはできないのだ。

それからセリフ。日本語を聞きながらフランス語の字幕を読むというのもなかなかおもしろいのだけど、日本人が聞いたら明らかにそれと分かる方言や昔の言葉使いなんかも、字幕ではそのニュアンスはおそらく伝わらない。日本語には「わたし」でもいろいろな言い方があって、黒澤作品の場合も「おら」「わし」「自分」「わたくし」などいろいろ出てくるのだけど、フランス語にすれば全部「je」。最近、別の映画館で見た『君の名は。』でも、主人公の女の子が男の子に入れ替わったとき「わたし?わたくし?僕?俺?」と言う場面があったけど、ここの字幕を見逃してしまった。こういう、日本人なら聞いた瞬間に分かる微妙なニュアンスというのは、日本語を知らないフランス人には味わえないし、逆に自分がフランス映画を見るときでも、たとえどんなにフランス語を勉強しても、感じることは不可能に近いんだろうな。そう考えると残念だし、異なる文化の中でつくられた映画を理解することはやっぱり難しいのかもしれない、とも思ってしまう。
 

墨ライン

 
ところで、映画に行く回数があまりにも多くなってきたので(9月1回、10月5回、11月8回、12月19回)、前から考えていた映画のカードを作った。たぶんたくさんのカードがあると思うのだけど、主なものは「UGC」と「le Pass」で、私が作ったのは「le Pass」。
 

le Pass

 
系列の映画館ごとに使えるカードが違い、UGCの方が日本の東宝系のように使えるところがだいぶ多いのだけど、値段は調べた限りではどちらも同じで、毎月3,500円ほど払えば見放題、1年間有効。学生料金でも、月に3~4本見れば元が取れる計算。11月上旬にネットで申し込んで、カードの送付に2週間かかるとあったものの、実際に送られてきたのは3週間後だったから、使い始めたのは12月から。私にとっては9カ月しかないけれど、今の調子でいけばそれでもかなり得になるはず。どのカードが使えるかは各映画館のホームページにも書いてあるけれど、私が最初に参考にしたのは「シネマ・デュ・パンテオン」の記事で紹介した冊子『l’officiel des spectacles』。
ちなみにこの「シネマ・デュ・パンテオン」、名画座と書いたけれど、どうもここは封切館のようなので訂正)
 

l'offiile des spectacles

 
ただ、ここに載っていても実際には例外があって、この「ラ・フィルモテーク」がまさにそう。ここは上の写真にもあるように「UGC」「le Pass」両方使えるとなっているのだけど、私の持っているカードが“最新型”だから、機械が反応しないんだそうだ(!)最初に窓口に出したとき、係りのマダムのほかにたまたま責任者らしい男の人がいて、2人でカードの向きを変えたりしながら10回ぐらい機械に通していて思わず苦笑してしまったのだけど、結局だめだった。そのとき、その男の人がすぐに問い合わせてみると言ってくれて、その日は学生料金より安い4ユーロにしてくれたのはよかったのだけど、3週間後に行ってみたらやっぱり変わってなかった。同じマダムだったから絶対私のことを覚えているはずなのに、そのときから通常の学生料金を払わされている。……これって絶対損してると思うのだけど、誰に文句言ったらいいんだろう?日本だったらこんな対応、あり得ない。そもそもカード番号というものがあるのだから、手動でなんとかなりそうなものなのに。さすがフランス。それ以来、ここに行くのは控えめにしているのだけど、プログラムが本当に魅力的だから、なかなか通うのをやめられないでいる。

 

‟黄金時代の日本映画”特集のフライヤー

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