期末テスト

9月から始まった秋学期が今月で終わるので、新年早々テストがあった。実はテストはこれまでにも2週間ごとにあって、そのうち半分はミニテスト、残りの半分は少し大きめのテスト、そして今回は習った範囲がすべて含まれる一番大きなテスト。その全部の結果を総合して、各生徒の次学期のレベルを先生が判断する。最初にこの学校に来たとき、レベル分けのテストを受けたけれど、今度はそれは受けなくていいことになる。考えてみたら、今のクラスは前学期から継続して受けている生徒が半分ぐらいいるのに、それにしてはレベルの差がありすぎる。先生によって各レベルの認識が違うんだろうか。

 ペンと消しゴム

 
それにしても、テストというのはいくつになってもいやなもの。しかも今回のものは今週と来週の2部に分かれていて、来週は会話のテストが待っている。今週行われた文法、読解、聞き取り、作文のテストはなんと3時間。まあ実際にはそんなに時間は必要なく、できた人から帰ってよかったのだけど、3時間と考えるだけで精神的に疲れる。ただ、テストのための勉強というのは特にしなかった。今のクラスの文法や読解は私にとってはそんなに難しくないし、実際すぐに採点、返却されたテストも文法についてはほとんどできていた。苦手の聞き取りも選択問題だったこともあり、なんとかクリア。ただ、読解はかなりレベルが高かったのと、書き取りで小さなミスが多かったのとで、点数は予想よりも低かったのだけど・・・。まあでも、それはあんまり関係ない。大学生は単位が取れるかどうかに関わってくるのでテストの結果をかなり気にしているけれど、私のような元社会人にとってはテストなんて最悪、受けなくてもいいぐらいのものなのだ。それより、実際にフランス語を使えるかどうかの方が重要。

来週の会話のテストは、与えられたテーマについて先生と2人で話すというものらしい。担当するのも、いつもの先生とは別の先生になる。これに備えて今週は、話す練習を授業でやった。いくつかのテーマが用意されていて、その中から好きなものを選び、隣の席の生徒や先生を相手に自分の考えや状況を説明する。といってもそんなに難しい内容ではなく、家族について、週末の過ごし方について、自分の国の習慣について、など、今のレベルでなんとか話せる程度のもの。こういう授業、前からやってほしかった。書くのはできるけれど話すのはできない、という日本人に多い傾向について、フランスに来てからいろいろ考えてみたけれど、自分のペースで考えられて修正もできる作文とは違い、話すときは自分の意思を伝えるための単語や表現を瞬間的にみつけなければならない、というのがやっぱり一番大きい気がする。そのための練習が多くの日本人には徹底的に欠けているんだと思う。しかも、語学学校に通う生徒にとってたいていの場合、フランス語で話す相手はそれほど親しくないし、緊張や焦りもある。その中で自分の知っている表現を使ってなんとか意思疎通する訓練、それが少なくとも私にとっては特に必要。だから授業で補ってくれるのはありがたい。
 

吹き出し

 
ところでこの会話の授業中、楽しい場面があった。友だちと待ち合わせをしているけれど、彼(女)が乗っているはずの電車が到着しないというシチュエーションでのロールプレイング。駅で友だちを待っていて駅員に遅延の原因を尋ねる役を日本人の男の子が、そしてそれに答える駅員をロシア人の女性がやることになった。この日本人の男の子は大学生で、普段から口数が少なくおとなしいタイプ。一方のロシア人女性は小さな子供を持つお母さんで、特に気が強いというわけではないけれど、ヨーロッパ人らしく思ったことははっきり言うタイプ。

    ロシア人女性(駅員): Bonjour.(ボンジュール)
    日本人の男の子(尋ねる客): Bonjour.(ボンジュール)

会話のスタート。まずは尋ねる役の男の子の方からあいさつするのが普通なのに、女性主導で始まってしまったので、ここですでに先生も含めてみんな苦笑い。

    ロシア人女性(駅員): Qu’est-ce que vous voulez?(何かご用?)
    日本人の男の子(尋ねる客): ・・・

ここも本来、男の子から始めるべき場面なのだけど、女性がにこりともせずスパッと言ってしまったのがおかしく、しかもお客さんを相手にあまり適切な表現ではなかったので、先生も笑いながら「その言い方はちょっとキツイから」と、丁寧な表現に直す。

    日本人の男の子(尋ねる客): Pourquoi le métro est en retard?
                  (どうして電車が遅れているんですか?)
    ロシア人女性(駅員): C’est la France.(それがフランスよ)

ここでクラス全員、大爆笑。まあこれは、2人のキャラと、電車なんて遅れるのが普通だというフランスの“常識”をみんなが共有しているからこそ起きた笑いなのだけど。でもこうやって、いろいろな国の人たちと同じ時間を過ごしてみて感じるのは、日常で憂鬱になったり、笑ったり、いら立ったりする場面はみんな一緒なのだということ。テストがいやだと思うのも、強い女性の前で男の子がたじろぐ様子がおかしいのも、時間通りに来ない電車に腹が立つのも、みんな同じ。国籍も年齢もフランスにいる理由もまったく違うのに、やっぱり人間って中身は変わらないのだ。周りに外国人が少ない日本人にとっては少し不思議で、すごく素敵。来週のテストのことを考えるとちょっと気が重いけど、こんなに楽しい時間が過ごせたのだから、いやなことばかりというわけでもなかったかな。

 

リュクサンブール公園
寒くても外でくつろぐのがフランス流

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