パリの片隅で

ほんの少しの間に世界が変わった。1カ月前には予想もしなかったことが起きている。日々刻々と状況が変化する中、自分の考えもなかなかまとまらず、何をどう書けばいいのか迷いながらふと外を見ると、空がいつもより青く感じる。皮肉なことに、パリのこの小さな部屋に閉じ込められてからというもの、晴天の日が多く、外を眺める頻度がにわかに高くなった。大きな窓があってよかったとあらためて実感。
 

部屋から眺める青空

 
すでに日本でも伝えられている通り、フランスでは3月17日の火曜日・正午から全土で外出制限が始まった。直前の週末に学校閉鎖、商業施設閉鎖が段階的に発表され、なるべく家にとどまっているよう政府から呼びかけがあったものの、天気がよかった日曜日には私も含めて多くの人が春の光を浴びにセーヌ川沿いやリュクサンブール公園へ。元々が個人主義であり、革命の精神を受け継ぐフランス人がおとなしくお上に従うわけはないのだけど、どちらかというとこのころはまだ多くの人が事態を真剣にとらえていなかった。で、ついに強硬措置となったのだ。
 

日曜日のパリ

外出制限が出る直前の週末のパリ市内
(フランス2のテレビニュースより)

 
もちろん、生活必需品の買い物には行けるし、何なら体を動かすために外に出てもいい。ただ、運動する場合は自宅から1キロ以内、1時間以内で、他人と一緒にしてはいけないと決められている。そして、いずれの場合にも外出許可証が必要。これは政府のホームページからダウンロードしてサインするのだけど、私のようにプリンターを持っていない人はスマホ画面でOKではなく、手で書き写すことが必要(4月6日月曜日からデジタル版ができるらしい)。しかも途中で一度、許可証の文言が変わったから、私は二度も書き写した。現在は日付に加えて家を出た時間まで記載しなくてはいけないのだけど、毎回すべてを手書きするなんて面倒なことはやっていられない。ここはもちろん日本の技術が活躍、フリクションを使って日付と時間だけ書き換えている。でも、おそらく大多数のフランス人は外出のたびに新しく印刷し直しているはず。普段は日本よりエコ意識の高い国だけど、こういうところが何とも鈍くさい。

許可証を持たずに外出すると罰金を取られるのだけど、実際に巡回している警察官の姿を見たことはなく、したがって許可証の提示を求められたこともない。そして外に出るとそれなりに人はいて、そこまで緊張した空気ではない。スーパーの前ではみんなきちんと前後に1メートルの間隔を空けて列を作り、入れるのを待っている。おかげで中は人が少ないから買い物もしやすく、トイレットペーパーを含め品物も豊富にある。ただ、パスタや食パンはここのところ品薄気味。
 

 
まだ買い置きがあるのだけど、日本の米とポン酢がなくなると非常に困る。これらは日本食料品店でしか手に入らず、たまたま閉じ込め直前に行っていたからよかったものの、この店は遠いので今の状況では行くことができない。そもそも、開いているかどうかも分からないし。

外にいてもほとんどの人はマスクをしておらず、これはスーパーの従業員も同様。元々マスクをする習慣がなく、していると重い感染症か何かと怖れられ避けられるような国だから、マスクの数が圧倒的に足りていないらしい。結果、中国から大量に送ってもらうというコントみたいなことになっているのだけど、それでも届いた分は患者と医療関係者優先で、各家庭に送られてくるどころか今は購入の際になんと処方箋が必要。フランス政府は、マスクは感染予防には効果がないと主張していたけれど、ここにきて代替マスクを推奨するという正反対の方向になり、毎日のように話題になっている。このマスク論争にはフランス人もかなり惑わされている様子。
 

罫線3

 
さて、私の生活はといえば、実はあまり変わらない。というのも、元々やっていた自宅での仕事を続けているからで、毎日のリズムは保てている(ちなみに、去年9月に始まったソルボンヌ・ヌーヴェル〈パリ第3大学〉のDUEFコースは大変すぎて続けられず、秋から在仏日本人会という組織がやっているフランス語講座に通っている)。今は会社勤めのフランス人も家で仕事をするよう言われているのだけど、それができる人は幸せ。仕事がなければ収入はもちろん、毎日することがない。私にしても、平日の夜や週末の映画館通いはできなくなってしまったのだけど、ネットがあれば何とかなる……というか、ネットに助けられている。仕事をはじめテレビもラジオもPCだから、それこそ朝から晩までネットなしでは生きられない。必要な情報が得られ、家族と連絡が取れるのもネットがあるからこそ。ただ、暇になった時間を利用して友達にメールを書いたり、キンドルで本を読んだり、たまにはアプリでフランス語の勉強をしたりと気がつけばすべてがネットなので、このデジタルまみれの生活に多少うんざりしてはいるけれど。

それでも、この軟禁状態の中、DVが増えているなんていうニュースを見ていると、常日頃、一人を最高の贅沢だと考えている私のような人間は孤独を感じることもなく、自由でよかったなと思うのだ。基本的にインドア派だから、まだ寒いこの時期は外に出ることが少ないのも普通だし。でも、この禁足令が出る前にこぞって田舎へ移動したパリっ子たちの言い分が「狭いパリの部屋に閉じ込められていたくないから」というのには笑った。
 

遊ぶ子供たち1
親の監視の下、家の近所で遊ぶ子供たち

 
とはいえ、やっぱり外国人の一人暮らし、大家さんやエシャンジュ(言語交換)相手のフランス人、同じフランス語講座に通う日本人女性(フランス人の夫あり)なんかが心配して情報とともにメールをくれたのには感激した。また、講座を受けるためにたまたま入会した在仏日本人会から定期的に送られてくる日本語での細かい情報も助かっている。こんな状態になってもそれほど戸惑わずにいられるのは、フランス語でニュースを見て大体は理解できることが大きいなということに気づいたのだけど、やっぱり日本語で詳細を確認できると安心する。
 

遊ぶ子供たち2

 
それにしても、「緊急事態」という名の下に、こんなにもいきなり政府に自由を奪われることがあり得るのだ。それも全国民が一斉に。もちろん、今回は感染拡大を防ぐという目的があり、フランスメディアの世論調査によれば国民の大部分も納得しているようなのだけど、冷静に考えれば怖ろしいことだとも言える。ただ、フランスを含むヨーロッパ諸国の場合、一方的に行動を縛るのではなく働けない分の補償をし、経営者に対して雇用の維持も求めているので、少なくとも表面的にはバランスは取れているなと思う。

でも、世の中というものは人間の活動があって成り立っているのだとあらためて実感。最低限の生活に必要なものは実はこんなにも少なくて、“余分な”人の動きが止まったこの数週間、数カ月の間に起こるであろうことと、その後の社会への影響を考えると、楽観的な私でさえ不安になる。とはいえ、感染した患者はもちろん、この間にもコロナとは関係ない病気で苦しんでいる人がたくさんいるわけで、自分も含めてそういう人たちが治療を受けられない事態になることも避けなければいけない。

結局、現時点で何が正解なのかは誰にも分からないのだろうけど、こうやって毎日、いろいろな国の状況を見ていると、外出自粛にとどめる中途半端な日本のやり方が意外といいのかもしれないという気もしてくる。ただ、この緩い方法を取るならやっぱり一人ひとりの意識が大切。「歩きスマホ」や「ながら運転」なんかもそうだけど、危ないと分かっていながらやめられない一定数の人がいるために禁止条例や罰則が必要になるのであって、無症状でも外に出て動き回ればどういう危険があるのかをそれぞれが自覚し適切な行動を取れば、こんなに強い外出制限ではなく自粛にとどめることができるのかも。もちろん、在宅勤務の推進や政府による十分な補償も欠かせないけれど、元々の優れた衛生環境に加え、国民が高い意識を持つことで自由も経済活動もどちらも守れるとしたら、こんなにカッコイイことはない。
 

罫線1

 
この外出制限にはメリットもあって、その一つが大気汚染の改善。個人的に、地球環境の問題についてはもう人類が消滅するしか解決方法はないと思っているぐらい悲観的なのだけど、そういう意味では絶好の機会。これだけ急激に人間社会の動きが止まってしまえば当然、地球にとっては理想的な状態になるはずで、空がいつもより青く見えるのはきっと気のせいじゃない。便利すぎる生活、増えすぎた人間、こういう不自然な状態を調整するために今回のようなことが起きたという意見も聞くけれど、案外当たっているのかもしれない。少なくとも、自由になった途端それまでと同じ状態に戻るのではなくて、不要なものや無駄なことを見直すきっかけにしなければいけないと感じる。
 

ボレロ

それぞれの自宅からオンラインで合奏する「ボレロ」
(フランス2のテレビニュースより)

 
ところで、外国人として滞在しているからには気になる問題として、この禁足期間中に滞在期限が切れる人はどうなるのだろうと思っていたら、すべての滞在許可は自動的に期限が延長されるそうで、直接関係ないとはいえほっとした。そして、個人的に心配していた映画館のUGCカードも、料金を支払い済みの分は同じく期限が延びるらしく、こちらもひと安心。また映画三昧の日々を送るためにも、今はこのパリの片隅で引きこもり生活に耐えなければ。

 
20時の拍手

毎晩20時にフランス各地で起こる医療従事者への拍手
(画像引用元:franceinfo

2件のコメント

  1.  初めまして。長年の憧れだったパリでの滞在を、コロナの影響で諦めようとしています。でもそんな中、このブログを見つけたことは幸運です。4年ぐらい前にパリに渡られたんですね。次々とページを読ませていただいて止まりません。イラストや写真もとっても素敵。コロナの状況については、パリ現地の状況が手に取るようにわかりました。これからはこのブログでパリを楽しみたいと思います。

    1. メッセージありがとうございます。
      本当に大変なことになりましたね……。実は私も、もうこの先長くはここにいられないのですが、また戻ってこようという計画が実現できるかどうか分からなくなりました。でも、数年後にはワクチンも開発され、状況が好転しているはず。ご事情があるのかもしれませんが、またチャンスは巡ってくると信じましょう。ぜひあきらめず夢をかなえてください!
      最近は更新が滞りがちなのですが、楽しんでいただけるととてもうれしいです。ちなみに、イラストは私が描いたものではないですよ(笑)。

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