映画の中に生きていた人々

1月26日、ミシェル・ルグランが死んだ。フランス映画好きなら間違いなく知っているこの名前。そう、何度見ても心躍る『シェルブールの雨傘』や『ロシュフォールの恋人たち』などの印象的な映画音楽を手掛けた作曲家。
 

ミシェル・ルグラン
ニュース番組に出演していた2年前

 
どちらの作品も機会がある度に見ているし、去年の年末にもちょうどロシュフォールのテレビ放映があったばかり。それに、1カ月ほど前まで19区でやっていたミュージカル映画展にも行ったところだったから、そのタイミングに何とも言えない偶然と驚きを感じる。
 

ルグランとジャック・ドゥミ
2作品の監督ジャック・ドゥミ(左)と

 
とはいえ、ルグランの実際の姿なんてフランスに来るまで一度も見たことがなかったし、そもそもそのいかにもフランス的な響きを持つ名前の主が実在していて、年を重ねながら生活しているなんて、日本にいるときは想像さえしなかった。でも、こちらに来てから動いてしゃべっている本物のミシェル・ルグランをテレビでよく見かけるようになり、こんな人だったんだと興味を覚えると同時に、幻ではなく今もこの世界に生きている人間だということを初めて認識し、だからこそその死にも衝撃を受けた。

特に1960年代のフランス映画って日本でも当時すごく人気だった(らしい)し、個人的にも一番好きなのだけど、リアルタイムで知っているわけではないから、どこまでいっても過去の時代の作品でしかない。監督や作曲家はもちろん、実際に画面に出てくる俳優たちでさえ、私にとっては映画の中だけに生きている人物。現実世界での生死なんて正直、気にしたこともなかった。日本では近年、フランス映画の上映自体が少ないし、あのころ活躍していた人たちの現在の姿を見ることもほとんどないから、彼らは自分がまだこの世にいなかったほんの一時代だけの輝きをまとった人々として、永遠に瑞々しいイメージのまま私の中では存在していたのだ。
 

罫線

 
若く、美しく、スクリーンの中を生き生きと動き回って、またはそんな彼らをフィルムにとらえて私をパリへ連れてきた人たちは、見事に年を取っていた。

この世に二人といない奇跡のような美男子だったアラン・ドロンと、60年代ではないけれど『仕立屋の恋』『髪結いの亭主』が忘れられない監督パトリス・ルコント。

ドロンとルコント

 
完璧な左右対称の顔立ち、何度見てもため息が出るほどの美しさを誇ったカトリーヌ・ドヌーヴと、若いころから演技のセンスが抜を群くジェラール・ドパルデュー。ともに残念な体型になってしまったけれど、まだまだどちらも元気で滑舌もいい。

ドヌーヴとドパルデュー

 
病気で俳優をやめたことなんてぜんぜん知らなかったジャン=ポール・ベルモンド。男も女も惚れる快活な青年のイメージはそのまま。

ベルモンド

 
今でも驚くほど上品さと可憐さを失わないアヌーク・エーメ。

アヌーク・エーメ

 
彼女の若さと美しさを『男と女』で存分に生かしたクロード・ルルーシュ監督は、こちらでは頻繁にテレビに出ている。彼の近所に住んでいるというフランス人が、とても気さくで話しやすい人だと言っていた。

クロード・ルルーシュ

 
その『男と女』や『ロシュフォールの恋人たち』をはじめ、日本ではもはや自国作品でさえ放映しなくなった半世紀も前の映画をフランスのテレビはまだまだゴールデンタイムに流している。やれば見る人はそれなりにいるんだろうし、実際に何度目であっても見始めると途中でやめることができない。まあ、個人的な好みはかなり偏っているけれど。

 
また、俳優や監督、映画に関するドキュメンタリー番組では、シネフィルなら思わずにやりとしてしまう映像もたくさん。

 
やっぱりいいなあ、60年代の作品。何がいいのか自分でも何度も考えているのだけど、その魅力の要因はたぶん“空気”なんだと思う。それは、ファッションや音楽、街並み、登場人物たちの生き方、さらには映像の質などすべて含めて画面からにじみ出ているようなもの。フランスに限らず、どこの国の映画を見てもこのころの作品は同じようなにおいがして、つい見入ってしまう。理屈ではなく、自分でも気づかないまま引きつけられ、心を盗まれるのだ。
 

罫線

 
スクリーンの中で弾けるような若さを謳歌していた幻の人たちをもう少し。昔は大きな目が印象的でミステリアスな雰囲気をまとっていたジェーン・バーキン。

ジェーン・バーキン

 
2017年、ジャンヌ・モローが亡くなった数日後に彼女との思い出を語るファニー・アルダンは、さすがに老けたけれど見た目のイメージはあまり変わらないのが見事。

ファニー・アルダンとジャンヌ・モロー

 
日本ではもうほとんどその動向を知ることができないかつてのスターたちは、こちらでは普通にニュース番組なんかに出ていて、政治について自分の意見を述べたりしている。この人たちに比べればまだまだ若いと言えるイザベル・ユペールやジュリエット・ビノシュを含め、ほとんどが今も現役で活躍しているようだけど、みんな私のイメージの中にあった姿とはあまりにも違い、同じ人たちだとは信じられないほど。

 
もうかなり前に亡くなってしまったジャン・ギャバンやリノ・ヴァンチュラも晩年の姿は知らなかった。

 
フランスに来てこんなにも映画の中の人たちの“真の姿”を目にするとは予想外。彼らがこの世に存在する生身の人間だというのは未だに不思議な気もするけれど、これからどんどん続いていくであろうその死に接する度にきっとここで見た年老いた姿を思い出し、悲しい気持ちになるんだろうな……。それにしても、パリの中心で生活しているというのに、目の前ではまったく誰も見かけないというのもまた残念。

 

ドヌーヴ×シェルブール
ルグランといえばやっぱりこれ

 
※画像はfrance2、france3、arteの番組より。放映日は2016年9月以降。

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