3年ぶりの日本で

7月に入ると同時に一時帰国してきた。フランスに来た2016年9月以来初めてだから、約3年ぶり。人に3年と言うと例外なくものすごく驚かれるのだけど、距離と航空券代を考えるとそう頻繁に帰れない。今回は直行便を利用したものの、やっぱり遠かった。
 

シャルル・ド・ゴール空港
シャルル・ド・ゴール空港にて

 
学校も休みに入り、待ちに待った夏がやってきたこのタイミングでなぜ帰る気になったかというと、日本を発つ前にトランクルームに置きっ放しにしてきた荷物をいよいよ整理しなければいけないなと思い至ったから。一人暮らししていたときの家具・家電を含む私物が実家に入らなかったのでまとめて預けていたのだけど、もう3年も使っていないし、このままにしていても無駄に料金だけかかってもったいない。それに、いつ日本に帰るのか、あるいは帰らないのか分からないから、いったん整理して身軽になった方がすっきりするんじゃないかと思ったのだ。

実際に倉庫を開けてみたら記憶の中にあったのより荷物の量が多かったのだけど、さすがは日本の業者、短時間で丁寧に、かつテキパキと仕事をしてくれて、大きなものは処分、服や本は実家の物入れにむりやり押し込み、何とか完了。費用はかかったけれど、ずっとこれらの荷物のことが頭の隅に引っかかっていたのも確かだから、やっぱり思い切って片付けてよかった。

一応、そんな目的があってあまり気が進まずに帰った日本だったのだけど、3週間足らずの滞在は意外に楽しかった。そして、これまでとは違った新鮮な視点で自分の国を眺めた不思議な時間でもあった。
 

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散々言い尽くされていることではあるけれど、やっぱり日本ほど安全で便利で快適な国はない。3年ぶりに過ごしてみて一番強く感じたのはそのことだった。電車の中でカバンを開けたまま寝ていても誰もスらないし、役所に行けばものの30分で用事が終わるし(もちろん入るのに予約はいらない)、どこに行っても清潔でクーラーが効いていて丁寧に対応してくれるし。パリではいくら探しても見つからないお風呂場用の髪の毛キャッチャーが100均に何種類もあるのには感心してしまった。

過去に海外旅行先でいろいろやらかしているから日本の治安のよさや快適さはとっくに分かっていたはずだけど、やっぱり旅行と生活は違う。不便さや危険が日常にあることが普通になってしまった感覚で日本に帰ってみると、ほぼ100%の安心感と解放感で暮らせる毎日は、同じ地球上の国とは思えないぐらい。特に、手荷物にはかなり敏感になっていて、一緒に買い物に行った母親がレジに財布を置いたまま支払いをするのを見て、思わず危ない!と反応してしまったほど。こんなのも海外ではあり得ないけど、日本ではまず大丈夫。

それと、当たり前だけどすべて日本語だから、考えなくてもすべて分かる。自分の国にいると意識もしないそのことが、テレビを見ても新聞を読んでも完全に理解できることのない毎日を送っていると、どれだけ素晴らしいことかを実感する。言葉が分かるというのは、本当にすごいことなのだ。もはやフランス語という言語の存在さえ疑わしい日本での日常、ここにいたら一気にフランス語を忘れるだろうなと思ったのも事実だけど。

そして、何と言っても日本の料理。なんて繊細で、種類豊富で、健康的なんだろうか。パリでは魚を手に入れるのが圧倒的に難しいから魚に飢えていて、刺身、煮魚、焼き魚と毎日のように魚を食べ、滞在中ずっと1日3食、白いご飯を食べた。
 

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でももちろん、日本のいい面ばかりに気づいたわけじゃない。例えば、言うまでなく街並みの美しさはとてもパリにはかなわない。新しいキラキラしたビルが乱立するモダンで雑多な日本の都会は欧米人にとっては魅力的なんだろうけど、何百年という歴史を持つ建物があちこちに残るパリと比べると、どうしても軽いのだ。住んでいたときはあまりそんな風には感じていなかったのだけど、次々に建てられては壊されていくビルばかりが並ぶ街は、なんだかレゴで作ったように重みがなく、そのままパカッと地面から外せそうな印象。新しい建物の耐震性は高いはずだけど、きれいなだけで中身はスカスカな感じがする。逆に、古い民家の周囲に田んぼが広がる実家からの風景にパリと同じ重厚感があることに気づいたのも新しい発見だった。
 

機内から見るフランス
機内から見るフランスの風景も味わい深い

 
1年間パリに住んで今年初めに日本に完全帰国した人は、あふれる日本語と過剰なサービスが気持ち悪くて着いた途端、パリに戻りたくなったと言っていたけれど、私は反対。日本の居心地のよさと同時にパリで普段、無意識に持っていた緊張感に気づき、やっぱり日本が最終的に戻る場所なんだなと感じてしまった。パリの日常と日本の日常はあまりにも違い、その違いは別の世界というより、もはや別の星と言いたくなるぐらいの大きさ。

ただ、その違いこそが海外暮らしの面白さだし、それを味わいたいと望んでいるからこそパリで特にストレスを感じることなく生活できているんだと思う。日本に戻れば楽だろうけど、それは今でなくてもいいし、それを選ばなくてもいい。今回、思ったより日本が楽しかったのは、またパリに帰り、パリでの生活が待っているという前提があったからかもしれないし、日本で暮らせばそのうち退屈することは分かっている。何より、世界に誇る快適性を支えるために、またあの無理な働き方をすることは考えられない。
 

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パリに着いた早朝、最寄り駅で降りて見慣れた街並みを目にしたとき、何とも言えない不思議な気持ちになった。迎え入れてくれるような温かさはなく、むしろ帰ってきたと思うことを拒否されるような冷たさと違和感が一瞬あり、それでもやっぱりその美しい佇まいに引きつけられずにはいられない。ここが自分の選んだ街、生まれ育った場所ではなく不自由があっても戻ってくることを選んだ街なんだなと実感した。帰った直後は案の定、少しフランス語を忘れていたのだけど、徐々にここでのリズムを取り戻しつつある。こうなると、日本での毎日が夢のよう。ちょっとした会話を聞き取ろうと必死になったり、日曜の休業に重ならないよう焦って買い出しを済ませたり、常にバッグを気にしながら街を歩いたりと、緊張感が必要ながらも日本にはない新鮮で摩訶不思議な日々がまた始まる。

ただ一つ、気軽に話せる友だちが近くにいるという点では、日本にかなう場所はない。今回、会いたいかった人たちにはちゃんと会えたのだけど、久しぶりだったからなかなか連絡がつかず、全員に縁を切られたのかと一瞬、焦った。実はこの3年間、日本から誰一人会いに来てくれていないし、何でも話せる相手と離れているのはやっぱり寂しい。パリで新しい友だちを見つけなければと思いつつ、1年後には日本に帰る決断をしているかも?

 

大阪のカフェ
大阪のカフェで楽しい時間を過ごす

 

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