新しい景色

前回の更新からすっかり時間が経ってしまった。パリは季節が進み、いったんは25度近くの夏のような日々が続いたものの、5月に入って最高気温10度というあり得ない寒さに逆戻り。幸い、このアパートの中央暖房はまだ稼働していて、うららかな春の光を浴びているはずの小さな部屋をちゃんと暖めてくれているのだけど、いったん油断した体に寒さはこたえる。とはいえ、一気に濃くなった通りの緑には思わず目を奪われてしまった。
 

緑に覆われた通り

 
1月から始まったソルボンヌ・ヌーヴェル(パリ第3)大学語学コースのB2クラス今学期の授業は、なかなかきつかった。特に、3月にあった1週間のバカンスが終わってからの後半は課題も多く、週末のほとんどをつぶさなければいけなかったほど。学校だけ行っているならそれほどの量ではないのだけど、仕事をしているとやっぱり平日だけでは間に合わず、週末にまとめてやることになってしまう。B1だった前期に比べるとレベルも一気に上がり、ハードな日々が続いた。

ここまで走り抜けてきて今、思うこと。

●読む
1年半ぐらい前から続けている単語力の強化がかなり効いてきた。知っている単語が増えたことで明らかに読むスピードが上がり、意味も取れるようになったのを実感。母語と似ている単語が多く、最初からかなりのアドバンテージがあるはずのスペイン語圏、ポルトガル語圏の生徒より高い点数が取れることは自慢していいはず。結局、語学って最後は単語をどれだけ知っているかの問題なのかもしれない。まあ、覚えても覚えても知らない単語がなくならないことには絶望するけれど……。手元にある紙の辞書に載っているだけでも3万4000語、もちろん全部覚えることは不可能だけど、今の時点で知っている単語を多めに5000語と見積もったとしても、2割にも満たない。本当に単語って、終わりがない。

でも、問題なのは、単語や文法が分かっても理解できない文章があること。宿題の中には辞書を使って読んでいいものもあったのだけど、全部調べて細部は分かるのに、全体として何が言いたいのか分からないということがけっこうあった。辞書なしで読めることはもちろん必要だけど、辞書を使っても意味が分からないというのは、より深刻な問題なんじゃないだろうか。ネイティブじゃないと分からない独特の表現であることが原因の場合もあるけれど、一般常識や想像力、行間を読む力が欠けているためである場合もあり、こんな仕事をしているのにそういう部分が問われてしまうと、フランス語の実力不足であること以上に落ち込む。

それに、読めるようになってきたと言ってもそれは“普通の”文章のみ。どの言語でも、文章には文章独特の表現というものが存在し、それが細かいニュアンスにもなり個性にもなる。例えば、新聞記事は事実関係が淡々と書かれているけれど社説はそうじゃないし、雑誌やブログの記事、そして小説なんかになってくるとより文体が凝っていて、どれが主語でどれが述語なのかというところから分からなくなる。だから今の私が読めるのは新聞記事のような文章だけで、修飾が施された技巧的な文章になってくるとほとんど意味が取れないものもある。これはもう、いろんなものを読んで慣れていくしかない。

●書く
これも読むこととつながっていて、今のレベルではより多様で文章らしい表現を要求される。例えば「日本では高齢化が大きな社会問題になっている」というのがスタンダードな文章だとしたら、「日本社会は高齢化問題に直面している」「日本は高齢化社会への対応を迫られている」「社会の高齢化は日本人にとってもはや無視できない問題だ」といったようにいろいろな言い方ができるわけで、そのバリエーションがどれだけ豊富であるかを求められるのだ。添削の際、先生が別の表現を書いて返してくれるのだけど、こういうのは人に教えてもらうものじゃなく、たくさん読んで自分で引き出しを作っていくもの。だから、そういう意味でも読まなければ書けるようにはならない。そう考えると、母語でも読むのが嫌いな人や作文が苦手な人っていうのは表現の引き出しが少ないから、やっぱり外国語でも書くのはあまりできないんだろうなと思う。

余談だけど、ネットにあふれている外国語の勉強法についてのブログなんかを見ていても、その日本語の乱れ具合にはうんざりする。いくら英検1級を取得したと言われても、その日本語(母語)の理解力で本当にちゃんとした英語が身についたの?と疑ってしまい、読む気にならない。外国語を習う前に、まずは母語を正確に書けるように勉強するべき。これは前から不思議に思っているのだけど、母語の文法をきちんと理解していない人でも外国語の構造は分かるものなんだろうか。ただ、この現象自体はきっとどこの国でも同じだから、私は今、ちゃんとしたフランス語が書けないフランス人より書けるんじゃないかな。

●聴く
相変わらず上達した実感はぜんぜんないけれど、ちょっとマシにはなったかもしれない。だんだん単語の切れ目や何の音かが分かるようになってきて、今はどちらかというとスピードに理解が追いつかないなと感じている。前は単語や音自体が判別できないことが多かったから、2回聴いて分からないものは3回聴いても4回聴いても分からなかったのだけど、今は聴けば聴くほど意味が取れるようになった。だから、今度は聴いた瞬間にその場で理解する訓練が必要。

それと、こんなに聴き取りの問題に答えられないのは記憶力が悪いせいじゃないかとも考えていたのだけど、そうじゃない。意味が分かるものはすっと自然に入ってくるから、無理に覚えようとしなくてもちゃんと頭に残っているし、別の言葉で説明できる。そういう部分が少しずつ増えていって、少しずつ聞こえるようになってくる。特効薬はないし、ある日突然聞こえるようになることもない。結局は地道にやっていくしかないんだろうなと思う。まあ特に意識しなくても、フランス語の音は毎日大量に耳に入ってくるから、自然に鍛えられている部分はあるかも。

●話す
一番進歩がないのがこれ。というのも、ソルボンヌ・ヌーヴェルは人数が多いこともあって授業中にほとんどしゃべる機会がないから、ぜんぜん上達しないのだ。やっぱり練習しなければできるようにはならないし、話さない期間が長くなるとどんどん感覚を忘れていくので、さらに話せなくなる。読み書きと同じで、元々しゃべることが好きな人は外国語でもしゃべるし、そうじゃない人にはやっぱり難しい。

それと私の場合、何度も書いているけれど、その場でテーマについての意見を見つけ、まとめるという作業が人に比べて苦手なことも大きい。一般に日本人は、自分の考えを述べながら議論するということが得意ではないと思うけれど、これは仕事をするようになってからも個人的に苦労していた部分なので、フランスに来てまでその弱点について悩むのはなかなかしんどい。普段おとなしくても、当てられたらすごく個性的な意見を言う人ってかっこいいし、実際そういう人がクラスにもいるのだけど、もったいぶっている割に平凡なことしか言えない自分(しかも最年長)は本当に情けないなと感じてしまい、よけいに発言する勇気が出ない。B2クラスになったところでみんなが文法通り正しくしゃべれているわけではないし、むしろそういう人の方が少ないのだけど、そんなことよりも自分なりの意見をしっかりと持っていてはっきり言えることの方がよっぽど大切なんじゃないかと痛感する。これは語学とはまた別の課題。
 

罫線

 
前にも書いたけれど、B2クラスは主にフランス語の資格DELF B2取得を目的としていて、ちょうど1カ月ほど前にそのDELFのテストがあった。私は迷った末、結局受けなかったのだけど、同じクラスからは10人ほどが受験しほとんどが合格したとのこと。そのうち1人は1つ上のレベルDALF C1を取得。でも……。あんなに遠いと思っていたB2、そしてC1までもが、これぐらいで取れてしまうんだなあという感じ。失礼だけど、彼らのうち半分ぐらいはまだまだ自分と比べても基礎ができていないと思うし、実際、今学期は何度もあったテストでも、だいたい私の方が点数がよかった。まあ、受けていないから偉そうなことは言えないとは言え、これなら私もB2はほぼ確実に取れるはずだし、対策すればC1もいけるんじゃないだろうか。ただ、ひと口にB2取得と言っても、合格点ギリギリの人もいればかなり高い点数を取った人もいて、実際のレベルは幅広い。それに、資格は結局、テクニックの問題で、実力とはあまり関係ない。

でも、こうやって苦しみながらも自称C1に近いレベルまで上がり、今また違った景色が見えている。自分の歩いてきた道が客観的に見えるのだ。始めたころはとにかく文法をやることしか見えていなくて、その先に何があるのか考えもしなかったけれど、その文法を理解し、単語をある程度覚え、いろいろな表現が少しずつ分かるようになった今、一人の人間が外国語を身につける過程全体が見えている気がする。ここまで来るのにもいろいろなやり方があり、自分はその中でもこういう方法を選んだんだなということが分かるし、まだあまりできないクラスメートが2年前の自分と同じ場所にいることや、前学期はしんどそうだった生徒が明らかにレベルアップして近づいて来たことも分かる。

そして強く思うのは、ここまで来てやっと本当にフランス語を身につけていく段階に入っていくことができるんだなということ。特に日本人は、文法さえ分かれば外国語はできるとなんとなく考えている人が多いように思うし、実際に私もそうだったけれど、文法が終わったところからがスタート。ここから初めていろいろな文章を読み、いろいろな会話を理解できるようになる。その中で適切な使い方やニュアンスを覚えていき、好きな言葉や言い回しなどが詰まった自分なりの表現の引き出しができていく。今までの勉強はそれを支えるためのまさに基礎の部分で、それが固まったところに新しい扉があり、今その扉を開けて初めてフランス人のいるフランス語の世界に入っていく感覚。そこでの学習に終わりはない。
 

罫線

 
ソルボンヌ・ヌーヴェルの通常の授業はいったん終了したのだけど、短期間の休みを挟んで今度は教育実習生による授業がある。そもそも大学だから、普段から学生たちがしょっちゅう見学に来ていたのだけど、この“補講”にはみんな不満。やっと終わったのに、なんで彼らの練習台になるためにまた行かなければならないのだろうか。フランス語の世界に深く入っていくためには続けることが大事なのだけど、とりあえずしばらく休みたい……。

 

焼けたノートル・ダム
憐れなノートル・ダム大聖堂を見つめる人々

2件のコメント

  1. 初めまして。パリ郊外のコロンブ在住の女性です。
    以前からブログを拝見させていただいています。
    新しい記事がアップされていてとても嬉しいです。

    実は初めて拝見させていただいたのは、留学ボイスのほうの記事でした。
    ナンテールユニバーシティの存在を知ることができ、興味を持ち、準備段階を経て、先日、必要な書類をそろえてアップロードしたところです。
    学校や必要書類のことなどの詳細をブログに書いてくださっていたので本当に助かりました。
    1年前にご経験されたことと同じ道ですね。ナンテールのほうには進まなかったとのことですが、それ以外の記事、パリのことも語学勉強のことも、さすが物書きのプロなだけあって、とても引き込まれるもので、すっかりファンになってしまっていました。
    今回の記事も熱のこもったもので、これから私もフランス語の勉強頑張ろう!!と思いました。

    テストは今月末なので、まだ入学できるかどうかはわかりませんが、早くもお礼を伝えたくなり、コメントさせていただきました。
    これからも記事楽しみにしております。

    1. こんにちは。丁寧なメッセージをありがとうございます。
      留学ボイスからこのブログにたどり着くとはすごいですね!あちらに提供した記事もちゃんと読まれていることが分かり安心しました(笑)。ナンテール、ソルボンヌ・ヌーヴェルとも情報が少ないので、お役に立ててよかったです。実は先日も、ナンテールを受験されるという方からコメントをいただきました。日本人で受験する方もけっこういるんだなと驚いています。うまくいくといいですね。
      最近は更新を怠りがちなのですが、そのように言っていただけるととてもうれしいです。ナンテールの授業は私も興味があるので、入学されたらぜひレポートしてくださいね。

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