パリの映画館めぐり⑨

映画を見に行くことがすっかり日常になってしまったパリでの生活。もはやユニークで小さな映画館が珍しくなくなってしまい、このシリーズもしばらくストップしていたのだけど、久しぶりに新しい場所を見つけた。13区にある「レスキュリアル」(ホームページでは「L’ESCURIAL」と定冠詞が付いている)。
 

エスキュリアル外観

 
大通りにありながら目立たず、言われなければ気づかないぐらいの控えめな佇まい。近所に住んでいるのでもなければわざわざ行かないようなこの映画館をなぜ見つけたかというと、まさに今住んでいるアパートの近くにあるから。歩いて行ける距離に映画館はいくつかあるけれど、たぶんここが一番近い。それでも、いつもはあまり通らない場所なので、1年前に引っ越してきてからすぐに気づいたわけじゃなかった。そして、最初にその外観を周囲の景色とともに眺めたとき、思い出した。この映画館、ずっと前から知っている。たぶんもう2年以上前、13区を散策した日の終わりに偶然見つけた映画館に間違いない。そのときは中には入らなかったのだけど、そのポップなルックスとは対照的になんとなくひっそりとした雰囲気があったのをよく覚えている。こんな形で再会できるとは!

ただ、ここはプログラムがいまいちで、それが近所にありながら最近まで足を向けなかった理由。旧作も新作も両方バランスよくやっているみたいだけど、フランス映画は少なく、もちろんアメリカ映画も珍しく、フランス以外のヨーロッパ映画が多い印象。上映作品リストを見ても、監督も俳優もなじみのない名前が多く、あまり心を引かれない。でも、入ってみたいなとは思っていて、ついにそれを叶えてくれる作品が現れた。イギリス・ロシア・フランス合作の『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』、フランス語でのタイトルは『ヌレエフ』。バレエ史にその名を刻むルドルフ・ヌレエフの半生を描いた作品で、日本ではだいぶ早く去年に公開されていたよう。バレエ好きとはしては見逃せないと、胸を躍らせて出かけた。
 

ヌレエフポスター

画像引用元:allociné

 
上映室は2つあるようで、案内されたのはおそらく大きい方。入ってみてびっくり。広い!パリの小さな映画館ってどこもそうだけど、中に足を踏み入れるとこぢんまりした外観からはとても想像できないゆったりとした空間が広がっている。壁にたくさん飾られた銀幕のスターたちの写真も雰囲気たっぷり。それと、ここはスクリーンが半円形になっているのも特徴的。中心部に向かって左右から奥まっていくフォルムになっていて、こういうのは他にあまり知らない。でも、特に映画が見にくいということはなかった。
追記:こういう曲面スクリーンは映画館ではポピュラーらしく、カーブがあることで逆にゆがみがなくなってきれいに見えるのだそう)
 

 
映画は期待以上で、大満足。そして見終わった後、気づいたことが2つあった。

1つは言葉について。正確には覚えていないのだけど、この映画では確かロシア語、英語、フランス語が話されていた。旧ソ連出身であるヌレエフをはじめ、英語ネイティブでない人たちが話す英語は一語一語はっきりと発音されるので、すごく聞きやすい。ところが、フランス語は逆にネイティブの発音でないと聞き取れない。これはきっと、自分の耳がフランス語に慣れているからというだけではなく、日本人にとってのそれぞれの言語の音が原因なんだと思う。

このブログでもすでに何度か書いているはずだけど、日本人は割とフランス語の発音が上手な人が多く、ネイティブ以外のフランス語は聞き取れない。これは、フランスに来て出会ったほとんどの日本人に共通する現象だから、おそらく一般的な日本人の傾向と言っていいと思うけれど、やっぱり音に関しては英語よりフランス語の方が日本人にとってなじみやすいんだろうなと想像できる。今はほぼ英語を聞いていないというのもあるけれど、自分にとっても英語のリスニングの方がはるかにハードルが高い。

もう1つは、これは映画を見てというより、日本語のレビューを見て気づいたことなのだけど、パリの街について。この映画はヌレエフの少年時代、青年時代、そして23歳になった現在の3つの時間軸で構成され、しかもそれが時系列に描かれるのではなく、3つの時代がランダムに現れる。彼の生い立ちや人柄、置かれた状況が各時代のエピソードによって徐々に明らかにされ最終場面につながっていく演出は、個人的にはドラマチックで効果的だと思ったのだけど、レビューを読んでいると「分かりにくい」という意見がけっこうあった。

確かに、少年期は明らかに少年なのだけど、青年期と現在は同じ俳優が演じていて見た目もほとんど変わらないから、一瞬どっちだろうと思うことはあった。でも、個人的にはすぐにどちらの時代なのか判断でき、混乱することはなかった。というのも、23歳のヌレエフはパリにいるのだ。それより前、青年期の彼はレニングラードにいて、街並みが明らかにパリとは違う。説明がなくても分かるよう、オレンジ色の煙突が並ぶ屋根などパリの典型的な景色を背景に撮られてはいたのだけど、日本人なら見分けがつかなくても無理はない。街の一部を見てそれと分かるほど自分がパリになじんでいることを思わぬ形で実感した。
 

パリの街並み

 
それにしても、映画のフランス語はやっぱり難しい。ニュースならキャスターの発音もきれいだし、分かるように話してくれるから、以前に比べるとだいぶ聞けるようになったのだけど、ネイティブの速くて文法通りでないしゃべりにはぜんぜんついていけない。フランス語の字幕付きでドラマを見ても音と文字が頭の中で一致していないし、ついこの間見たフランス映画は10%ぐらいしか分からなかった。映画を字幕なしで理解するというのは、実は外国人にとって一番と言えるぐらい高度なことらしいのだけど、とはいえその壁の高さにため息が出る。

一方で、例えば日本の外国人記者クラブで質問する海外の記者も、日本と海外を結ぶ国際線の機内で接客してくれるCAも、日本人からするとやっぱりちょっと変な日本語をしゃべっている。仕事で使っているのであっても、日本人じゃないのだから100%正しくなくて当たり前だし、こっちだってそう思っているので別に気にしない。聞くのはともかく、話すのはそれを前提にどんどん強気でいかないといけないのだけど、間違っていていいと言われても個人的には正確で美しいフランス語を身につけたいので、そこはこだわりたいところ。

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